メンタルとフィジカルの反応が乖離する状態

 講演動画「発達個性の臨床」の中で紹介した症例1)…、「自分は心臓に毛が生えているタイプだよ」という自己認識(セルフイメージ)とは裏腹に、極めて繊細な肉体反応を現すケース。

 本症例は典型的な身体症状症であり、様々な不定愁訴を抱えてドクターショッピングを継続。ありとあらゆる医科を受診し、精密検査の限りを尽くし、それでもなお「何か重大な病気を見逃されているのではないか」と…。

 さらに投薬を受ける度に副作用を訴えて中止…、すると他科を受診し、また別の投薬を…、この繰り返し。

 「バチっと一発で治してくれる薬はないのかなあ…」と、まさしくアウターディフェンス→造語一覧)の典型。

 当方の施術(繊細なタッチング系)に対しても、施術中に悪寒や悪心を訴えるという過敏な反応が認められたため、タッチレス系の施術と傾聴カウンセリングのみという統合療法を続けました(約2年半におよぶ通院を経て、最後は不定愁訴10→1という状態でのフェードアウト)。

 最後まで本人の自己認識はぶれることなく、「俺は根っから本当に図太いタイプ!先生が指摘するようなHSPとは真逆の人間だよ」と。このように精神と肉体の反応が正反対である状態を心身相反と言います(当会による造語)。

 上記の症例においては、感受性の高低が「精神↓&肉体↑」でしたが、反対のケース「精神↑&肉体↓」もあり、この両者を含めて心身相反と呼んでいます。 

そもそもメンタルとフィジカルの感受性は相関するのか?

 医療者には「繊細な心性を持つ患者(ナイーブな人)は肉体的にもセンシティブな反応を示しやすい。その反対も然り」というバイアスがあります。

 実際このバイアスは正しいと言えるのかどうか?統計学的に有意な傾向すなわち明確な相関性が仮に認められたとしても、個体差に対する実験デザインの条件設定等を顧慮すると、断定するのはむつかしいのではないかと思われます。

 たとえば以下に紹介する症例の存在…。

 半年以上ものあいだ四十肩が治らないという50代の女性会社員。問診票のチェック項目において「現在ストレスは一切ない」に印をつけ、家族関係も仕事においても充実していて楽しい日々を過ごしているという自覚。

 HSP関連の話題を振ったところ、「世の中にそんな人がいるなんてびっくり!知らなかった」という反応を示し、「これまで対人コミュニケーションで悩んだ経験は一切なく、感覚過敏もなく、物事に対する敏感傾向もなく、自分のことを繊細だと感じたことはない」と。

 筆者の印象も「社交性があり、コミュニケーション能力に優れ、人当たりも良く、精神面での不安定さや過敏な気質傾向等は感じられない」というものでした。

 ただし、傾聴カウンセリングを続けた結果、実は職場において取引先との交渉で相当レベルの精神系重労働を強いられていることが分かり、これが四十肩の原因であろうことは容易に察しがつきました(事実その取引先との交渉が始まった時期と痛みの発生時期は完全に符合していた)。

 とは言え、基本的にアンチHSP系のタイプ(非繊細さん)であることに疑いの余地はなく、メンタルの感受性は平均以下であることが推断されました。本人の自己認識と筆者の評価は概ね一致という展開…。

 ところが、肉体次元においては明らかな高感受性を示しました。初診時から3回目の通院時までずっと、下肢のハイパー・フィードフォワード(HFF)-小脳系予測制御の亢進-(→造語一覧)が見られ、肩から上肢への施術(BReINにおけるアングラクション)の際、手を握ると、べっとりと汗ばんでいたのです。

 つまり肉体は明らかな過緊張状態を呈しており、さらに両肩関節への手技療法の際に、「(健側の)右肩は普通な感じだったけれど、(患側の)左肩は関節の遊びがないのを感じました」と言ってきたのです。

 なんと!関節深部感覚に対する感受性も極めて高いことが分かりました。 

 こうした一連の所見は「メンタルの感受性は低い一方、フィジカルの感受性は非常に高い」ことを示唆しており、まさしく心身相反の典型例と言うことができます。
 
 ちなみに4回目の通院時には、施術中の手掌発汗が消失しており、関節深部感覚の違和感(遊びがないという認知)もなく、ペインスケールも10→2に改善していました。

 筆者の経験値において、メンタルとフィジカルの感受性が一致しない症例は僅少とは言えず、くれぐれも自身のバイアスには要注意だと感じています。