はじめに

 末梢神経の問題を考えるとき、その病態が脱髄性なのか、それとも軸索変性なのかといった鑑別は重要ですが、本稿では神経内科領域の多発性ニューロパチーについては対象外とさせていただきます。

 ここでは運動器外来で遭遇する急性圧迫性ニューロパチー(その多くは neurapraxia)と慢性的な訴え“しびれ”を混同してはならないという視点、ならびにこの両者を明確に区別する用語(新しい概念)についてお話し致します。

 筆者は整形勤務時代、数多の絞扼性神経障害と対峙した経験から、末梢神経に対する臨床研究を長年にわたって続けてきました。その結果、患者が訴えるしびれは2種類-構造因性と感覚処理因性-に大別され、圧倒的に後者が多いことを覚知しました。

 例えば、骨折変形治癒やギプス圧迫による橈骨神経麻痺や腓骨神経麻痺のように、その原因も病態も明白なケースは適切な時期に神経伝導検査を行うことによって、Waller 変性の程度を評価すると同時に予後を予測することができます。もちろん診断に迷うこともありません。

 しかし、慢性的なしびれにおいてはその病態は複雑で、表面上に現れる萎縮や筋力低下との因果関係、皮膚感覚障害とデルマトームの関係等々に整合性が得られないケースがほとんどです。

 CRPS(RSD)に対する高い経験値をベースにして、一切の妥協を許さない厳密なる神経学的検査を日々励行すれば、上記のような事実関係に気づくことはむつかしいことではありません。

「神経の圧迫」はごみ箱診断という見方

 CRPS(RSD)では交感神経の異常活動に伴う血流動態変化が組織の萎縮を来すというバックグランドがあり、これを念頭に他医で絞扼性神経障害と診断された症例の分析を行ったところ、その大半がCRPS(RSD)近似モデルであることを、筆者は突き止めました。

 交感神経由来の皮膚や筋の萎縮という病態に、脳情報処理エラーに起因する錯感覚が合併すると、あたかも神経脱落症状のごとき症状を呈し、さらに同処理エラーが運動回路に及んだ場合、筋協調性の異常や筋力低下が顕著になって出現します(こちらのページで実際の症例について解説しています)。

 こうした一連の現象が複雑に組み合わさっている“しびれ”に遭遇するケースが、整形の現場では非常に多いのですが、「神経の圧迫」という皮相的な概念で片づけられやすい…。


 慢性的なしびれに限らず、実は急性外傷においても脳情報処理エラーは発生し得ます。こうした患者が整形で「神経の圧迫」という恐怖(呪い)を植え付けられると、これが誘因となって回復遅延ひいては医原性CRPS(RSD)に繋がることがあります。こちらの動画ではそうした症例に対する危機管理の実際(診察場面)を紹介しています。

「構造因性=ハード、感覚処理因性=ソフト」という区別

 当会は「痛み記憶の再生理論」の中で、ヒトが感じる痛みはハードペイン、ソフトペイン、ハイブリッドペインという3種類しかないことを主張していますが、これと同様にヒトが感じるしびれもハード・ディセンス神経脱落症状)、ソフト・ディセンス(錯感覚)、ハイブリッド・ディセンス(両者の混成しびれ)という3種類しかないことをここに提起します。

 ハード・ディセンスとソフト・ディセンスの鑑別は、痛覚の有無が大きな手がかりとなります。前者では感覚脱失と共に痛覚も減弱ないし消失しますが、後者では痛覚が厳然と認められます。換言すれば、痛覚のあるしびれはソフト・ディセンスである場合がほとんどだということです。

 ディセンスの語源は感覚異常を意味するdyssensationです。ディスセンセーションは語呂が長いので、より短い表現にするため、これを「ディセンス」という言葉に変えて造語しました。ハードは物理的障害を、ソフトは論理的障害を意味するコンピュータ用語であり、痛みに対するハードペイン、ソフトペインの語源とまったく同じ意味合いで使用しました。

 医学用語としては、paresthesiaやdysesthesiaをのほうが一般的であり、これらを転用する案もありましたが、エステジア(感覚)という英語は日本人に馴染みが薄いので不採用としました。

 当会においては、患者の訴えるしびれが構造因性の神経脱落症状の場合、これをハード・ディセンスと呼び、感覚処理因性すなわち脳情報処理エラーに因るしびれをソフト・ディセンスと呼ぶことにいたします。

 例えば、手根管症候群の中には患者の訴えるしびれがソフト・ディセンスのケースがあり、この場合の母指球筋の萎縮は交感神経由来(血管運動性の異常)です。これについてはBFI研修会プログラム(2016年7月24日)をご覧ください。

ハイブリッド・ディセンスは存在するか?

 脊損麻痺部に現れる腰痛は、ハード・ディセンスにソフトペインが合併した状態と捉えることができます。さらに筆者は脳卒中麻痺部(手)のアロディニアに遭遇したことがありますが、これも同様の現象と解することができます。

 痛みとしびれの組み合わせという観点からは、上記のごとき「ハード・ディセンス+ソフトペイン」はあり得るわけですが、「同じ部位のハード・ディセンス+ハードペイン」は、ほぼあり得ないと言っていいでしょう。万が一あったとしても、これが臨床上の問題になることはない…。

 「ソフト・ディセンス+ソフトペイン」や「ソフト・ディセンス+ハードペイン」については間違いなくあります。後者は「しびれのある手を机にぶつけたケース」が分かりやすい。

 さて、では同じ部位のハイブリッド・ディセンスは、果たしてあり得るか?

 ソフト・ディセンスは、当会が掲げる脳疲労という概念がベースにあって、これを誘因とする感覚処理障害(脳情報処理エラー)と考えられます。

 筆者の体験において、自身の脳疲労が少ないときは、30分以上の正座に難なく耐えることができますが、脳疲労が強いタイミングにおいては、わずか3分ほどで足がしびれて座っていられない…。

 このような自己体験は腓骨神経の圧迫のみでは説明がつきませんので、ハイブリッド・ディセンスの可能性を示唆しているのではないかと推測しています。

 正座で感じるしびれの正体がハード・ディセンスではなく、ハイブリッド・ディセンスであると考えれば、その日の体調によってしびれを感じるまでの時間に差があったり、しびれが強いときと弱いときがあったりするといった現象を説明することができます。

 まあ、今のところ客観的な立証は困難ですが、ともかくハードとソフトに分けるといった、こうした分類概念は形態学上のごみ箱診断を減らしていくためにも、鴻大な意義があると言えましょう。 

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