ソフト論とハード論の違い

 ヒトのシステム中枢はその大半が脳にあるため、当会が使用するソフト論という用語は事実上“脳の働き”を指します。他方、ハード論は臓器医学に象徴されるように“各臓器の働きだけ”を追究する理論体系です。 

 心身医学におけるチキンオアザエッグの問題として、故障するのはシステム(ソフト)が先か?それとも部品(ハード)が先か?という視点があります。当会はその両方があり得ると考えています。

 脳腸相関がまさしくその典型であり、「病は気から」の分子機構(ストレスゲートウェイ反射)が解明される一方で、腸内細菌の問題が脳に影響を及ぼすことや「腸→肝臓→脳→腸相関による迷走神経反射」などが報告されています。

 このように「脳→腸」「腸→脳」といった双方向性の病態論が、既に分子メカニズムの世界で証明されています。

 同じ消化器の研究でも、脳腸相関の視点を包含するものはソフト論だと言えます。他方完全に脳を無視する臨床スタンス、すなわち「肉体を見て人(心)を見ない医療観」をハード論と呼んでいます。

 たとえば、痛みの臨床において「疼痛の発生源は侵害受容器のみである」と結論付ける医療体系は、まさしくハード論の典型です。

触覚アプローチをスルーするドイジ&ブレデセン

 「ソフト論ならびに神経可塑性という概念について、臨床的な見識を深めることになったきっかけは?」と聞かれたら、おそらく多くの臨床家がノーマン・ドイジだと答えるのではないでしょうか。

 カナダ人の精神科医である氏の著作「脳はいかに治癒をもたらすか」に触発されて、脳の世界に興味を持ったという人は少なくないと思われます。

 同書籍を精読すると、純粋に内容を味わう視点とは別に、少し複雑な想いがよぎります。テレビ等への出演もあって米国で人気を博し、かつ作家・詩人という顔を持つ彼のプロット構成力や文藻は極めて優れており、ある種プレゼン的なアピール能力の高さを感じずにはいられません。

 とても計算されて巧妙な筆致が随所に見られ、普通にインプット(無防備な読書)をしてしまうと“ツッコミどころ”をスルーしてしまう恐れが…。

 こういった分厚いハードカバーの本を読み込むときは、私はユーティリティ(持ち運びがGood!)を重視して、たいてい小冊子に分解します。

 小冊子がボロボロになるほど読み砕いた結果、物語として素直に感動させられる内容である一方、最終的には「なぜ、ここまで“皮膚の次元”を無視する?」という違和感が残りました。

 ノーマン・ドイジ氏にしても、リコード法のデール・ブレデセン氏にしても、本当に素晴らしいロジックを提供しているのに、この二人に共通して言えるのは「徹底した触覚アプローチの排除」です。

 アメリカの精神科医や臨床心理士の根底に「患者は汚れた存在で触ってはならない」という文化があって、握手すら絶対にしないカウンセラーがいます。そうしたお国柄が影響しているのでしょうか?

 当会が推奨するBReINに代表される統合療法…。タッチケア(リングタップ)関節深部感覚刺激テクニック(アングラクション)をはじめとする様々な手技療法、さらにミラーセラピーフードリング(食事指導)から傾聴カウンセリングに至るまで、こうした複数異種の介入を組み合わせる手法は、ドイジ氏が定義する “神経可塑性療法家(ニューロプラスティシャン)” とのあいだに親和性がない?

 とは言え、ソフト論に軸足を置く日本のコメディカルにとって、両氏が発信する情報が有用であることは間違いありません。今後もアンテナを張りつつ、私たちは私たちの道を切り拓いていく必要があると思います。

 余談ながら、同書籍の中で「神経が圧迫されて痛みが…」「軟骨が擦り減って痛みが…」と、それがさも当たり前のごとき“常識”として語られるシーンがあり…、ドイジ氏の認識の浅さを垣間見る思い…。

 最後に一言。

 「もし私がハリウッドのプロデューサーだったら、フェルデンクライスは絶対に映画化してる!主役はトムハンクスかマット・ディモン、加納治五郎役は渡辺謙か千葉真一かな?」。