「絶対医学から相対医学へのシフト」シリーズ
❶〜SDGs+M(医療版SDGs)という視点~
❷〜ワクチン集団接種について考える~
❸〜運動器外来におけるミスリード“絶対矯正”~
❹~線形科学と非平衡開放系の同時併存はあり得ない~

絶対医学の王道「整形外科学」

 本シリーズでは絶対医学と相対医学という対比の視点で医療を俯瞰していますが、数ある医科の中でも整形外科ほど絶対医学との親和性が高い科は他にないと言えます。

 その理由については複数の視点がありますが、例えば100体の骨格標本(骨だけの状態にした献体)が目の前に並んでいる状況を想像してください。あなたはそれらを見て、各個体の違いを見分けることができますか?骨盤や骨端線の違いから性差や年齢を推測することはできても、個人を特定することは?

 粘土によって生前の顔を復元する復顔師であれば、一目見ただけでそれらの違いが分かるのかもしれませんが、普通そうした光景を前にして個体を判別できる、つまりこの骨はAさんで、そっちの骨はBさんですと言い当てられる医療者は相当に少ないと思います(ほぼいないと言ってもいいくらい…)。

 それを言うなら、心臓だって消化器だって同じだろうと反論したくなります。しかしそうした内臓を専門にしている医師はそもそも対象臓器の形態を重視するでしょうか?特殊なケースを除き、多くの医師は機能の良し悪しを見ているはずです。

 ところが整形外科は違います。まず形態学上の違いを見ます。機能より形態を優先して対象を注視します。「機能より形態重視」、これが整形外科のアイデンティティだと言えます

 前述したように骨格標本(骸骨と化した人間)を前にして個体を判別できる医療者はほぼいないに等しいのですから、骨の専門家である整形が「骨を見て人を見ず」になるのは必然…。後に述べる“生い立ち”のプロセスと合わさって、自ずと整形は個体差という次元から遠ざかりやすいポジションにいるわけです。
 
 結果、個体差を無視する診断哲学は、とくに変形と痛みの関係において明確なスタンスに直結します。「変形があっても痛い人、痛くない人がいる」という個体差が決して病名に反映されることがない、すなわち形態学上の診断名に依った姿勢です。

 整形に長く勤めていれば、上記のように「患者の訴えと画像所見が食い違う例」に遭遇するのは日常茶飯事です。上記画像の症例は3人とも軽微な外傷(軽い打撲)当日に受診しました。

 一番左(側弯所見)の症例に至っては、電車内で人とすれ違った際に相手の腕が軽く接触しただけで、とくに痛みはなかったものの心配になって来院したという身体症状症(詳しくはこちらのページ)の患者です。

 問診時に既往歴を尋ねると、3人全員が「これまでの人生を振り返って同部位に痛みを感じたことは一度もない」という応答。

 であれば、こうした一連の画像所見が軽度打撲によって当日瞬時に変化したものだと考える医療者は相当に少ないでしょう。動的時間軸で考察すれば、痛みがなかった大半の人生において、これらの画像所見は既にあったもの、すなわち無症状時に抱えていたありのままの姿と考えるのが自然…。

 問診にきちんと時間を割いて、常に動的時間軸による考察を欠かさずに運動器の問題と対峙していれば、多くの場合「画像所見と患者の訴えが一致しない」ことに気づきます。

 では、なぜこんな当たり前のことが教科書に記述されないのでしょうか?

 絶対医学においては個体差という概念がないため、「丁寧な問診を心がけて痛みの真の原因を探る」というスタンスがありません。「痛みの原因は画像に現れて決して嘘をつかない」と本気で考えているのです。

 絶対医学は本当に個を重視しない医療哲学だと言えます。

「正常な骨格」「正しい姿勢」「正しい歩行」「正しい投球フォーム」…

 整形外科の生い立ちについてはこちらの記事(復活準備中)で詳しく述べていますが、もとは中世ヨーロッパにおける「くる病由来の小児肢体不自由に対する骨格矯正」から始まったと言われています。

 その後の第1~2次世界大戦での戦傷治療によって飛躍的な発展を遂げ、さらに1960年代を境に急増した慢性痛、スポーツ障害、骨関節疾患、救急外来等々に対応する経験値ならびに画像検査機器の発達に支えられて現在に至っています。

 こうした歴史を振り返ると、整形外科は読んで字のごとく「形を整える外科」であり、形態異常の矯正に源を発して、画像検査という絶対軸に拠って運動器を診る、つまり徹頭徹尾、構造的な視点からアプローチする医科領域であることがお分かりいただけると思います。

 こうした医科ならではのアイデンティティは「正常な骨格」「正しい姿勢」「正しい歩行」といった絶対軸を作り出してきました。

重度の変形性膝関節症の53%は無症状

 かの有名な「松代膝検診2007」~新潟県の松代地区で行われた変形性膝関節症の長期縦断疫学調査~において、膝OAのGradeⅢ&Ⅳのうち約半数の人々が無症状であることが判明し、驚きをもって報道されました。

NHK「ガッテン」より一部加工

 とは言え「痛みの原因診断と形態学上の診断はイコールではない」ことを理解する一部の医療者にとっては決して驚くような数字ではなく…。

 X線やCT、MRIに遅れて現れた脳機能画像検査、そして認知科学の発展は脳と痛みの関係を次々に明かすことで、従来の疼痛理論に数え切れないほどの修正を加え続けています。同時に構造的な視点との径庭は広がる一方です。

 運動器の様々な問題に対するアプローチは以前とは比べものにならないほど多様化しており、そうした膨大な情報が明示する帰着として、「そもそも正しい姿勢、正しい歩行、正しい投げ方なんてあるのか?」といったクエスチョンが…。

物事を相対的に捉える視点

 農業が盛んな地域に行くと、腰が曲がった高齢者は大勢おられます。そのうち全員が腰痛を感じているわけではないことは言わずもがなでしょう。

 一方、都市部においてはそのような高齢者を目にする頻度は減ります。都市生活者の視点は世間体を気にする、他者の視線を気にするという心性を持つ高齢者が多い傾向にあり、腰が曲がることに対する否定的な感情が強い傾向にあります。

 農業地域においては腰や膝が曲がった自身のからだは、それまで汗水流して農作業に取り組んできた証、勲章であるのに対し、都市部では格好が悪い、見栄えが悪い、そんな姿で高級レストランに入れない、ブランドの服が着れなくなるといったネガティブな想いを抱く人の割合が多くなります。

 結果、骨格矯正に関わる個人の医療観というものは、実は心理社会的因子の影響を強く受けると同時に地域差も考慮に入れる必要があるということになります。骨格矯正ひいては変形性と名の付く画像診断の全てに欠落しているのは“相対的な視点”なのです。

 こちらの記事「椎間板のパラダイムシフト-trans-function 理論-」(記事復活準備中)の中で、人類が未成熟な状態で生まれる、とくに運動機能が極めて未発達なまま出産を迎える理由について独自の視点を披瀝しています。

草食系の四足動物が生後すぐに立って歩くのは、生まれ出た環境が天敵に囲まれている状況ゆえではないか、あるいは前肢の機能の問題として子供を抱きかかえることができないせいではないか等々、いろいろな視点があります。

 地球という惑星の環境を考えたとき、文明発祥以前の人類は生まれ出た場所が草原なのか、ジャングルなのか、山岳地帯なのか、海岸沿いなのかによって獲得される運動機能は自ずと違ってくるはずです(どの環境に生まれ育ったとしても皆同じ運動機能を宿すとはとうてい考えにくい…)。

 そのため生まれ育った環境にヒトの運動機能をフィットさせるモラトリアムを設ける必要があり、これが人類が未熟な状態で生まれる理由の一つではないかと、筆者は考えています。遺伝子の橋渡しは環境に対する柔軟性があってはじめて担保されるのです。

 
 人類が文明社会を築く以前、多種多様な地球環境、多種多様な人種、そして年齢や性差の違い、これらを鑑みたとき、果たして「正しい姿勢」「正しい歩行」「正しい石や槍の投げ方」などというものがあったでしょうか?

動作解析システムに痛みをリンクさせる手法は整形の画像診断と同じ論理

 身体の動かし方というものは十人十色であり、個体差があるのが当然であり、絶対的にこれが正しいという歩行、投球フォームなどというものはあり得ない。

 大谷翔平選手のアッパースイングを教科書通りの正しいスイングだとする指導者がいたでしょうか?アンダースローの投手に対して「それは正しくない投げ方」だと否定する指導者はいるでしょうか?

 高校まで活躍した有望な投手がプロ球団に属して後、コーチの一方的かつ絶対的な“やり方”を押し付けられて、あるいはフォームを矯正されて、これが本人の個性と合わないがために故障に悩まされたり、あるいは活躍できずに終わったという事例がいったいどのくらいあったか…。

 王貞治氏の一本足打法、野茂英雄氏のトルネード投法、イチロー氏の振り子打法…、これらは極めて個性的なスタイルです。彼らがもし中途半端な野球人生で終わっていたなら、そのすべてが“悪い見本”として語り継がれていたことでしょう。

 昨今流行りの投球フォーム動画分析アプリや動作解析システムを活用することで、「悪いフォームで投げると痛みが出る」と説明した上で、動作解析によるフォーム矯正によって「良いフォームで投げると痛みが取れる」という分かりやすいハード論は、患者への訴求力も高く、経営的にもポジティブな面が多いことでしょう。

絶対医学から相対医学へのシフト❹

 しかし、こうしたやり方は整形の画像診断とまったく同じ論理であり、

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