“皮膚トーヌス”というインスピレーション

 グンター・フォン・ハーゲンス博士によるプラスティネーション(人体の輪切り標本)を見たのは、今から25年前(1995年)、上野の国立科学博物館で開かれた「人体の世界展」に足を運んだとき…。

 当時付き合っていた彼女とのデートで行ったせいか、詳細を記憶にとどめておらず、後になって真剣に観ておくべきだったと後悔…。

 その数十年後ハーゲンス博士による解剖ビデオ(ホルマリン固定されていない新鮮な献体を公開スタジオで解剖していく映像)があることを知り、これ幸いと入手しました。

 以来このDVDを眺めるのが日課となり(今では観る頻度はだいぶ減っていますが)、入手した当初は飽きずに毎日のように眺めていました。


 上記画像(左)は、亡くなって間もない新鮮な献体の頭蓋骨を外して脳を取り出した瞬間であり、その隣(右)は別の献体のもので、こちらはホルマリン固定した脳をスライスした直後の画像です(ビデオ内ではお肉屋さんに置いてある機械で実際に脳をスライスしている)。

 かつて筆者が“皮膚トーヌス“(重力に抗うべく皮膚自体が持つ緊張)という概念を思いついた(ひらめいた)のは、下記画像(左)の解剖シーン(吊り下げられて直立している献体の皮膚を剥いでいる場面)を見ているときでした。

  これがきっかけとなり、スキンダイレクトという技術が生まれました(➡スキンダイレクトのアプデ)。さらにその隣のシーン(脊柱を切り開いて脊髄および坐骨神経全部を引っ張り出している)のハーゲンス博士の力の入れ具合や手さばきから、神経組織の物理的強度(とくに引張応力)をリアルに感じることが…(ガチで神経は強いことが分かる!)。

 これを観たことで、絞扼性神経障害に対する自論(痛覚を伴わないしびれは錯感覚であって、神経脱落症状ではない)の正しさに自信を深めることができました。

思考バランスの調整

 筆者は祖父の代から続く“ほねつぎ三代目”としてこの世に生を受けました。柔整の学校時代は父の接骨院で、卒業後は整形で骨折の整復固定に関わる新しい手法を次々に開発しました(上肢二重分離型ギプス、フィンガートラクションによるギプス巻き等々)。

 上記画像の左は柔整学校の学生時代に自作した厚紙固定。画像に映っているのはほんの一部であり、これだけの固定法を考案し実践する学生というのはなかなかの変態、珍種だったと思います。中央は資格取得後の整形勤務時代に創作した三上式プライトン固定。右はフィンガ―トラクションによる骨折整復&固定。

 ちなみに私の祖父は北海道で一番大きい接骨院(入院病棟を備えた2階建ての洋館)を開きました。その息子(私の父)は上京した後、柔整でありながら救急病院の手術スタッフとして採用され、10年以上のキャリアを手術室で過ごしました(昭和時代ならではの稀少例)。

 筆者が生まれ育った環境はまさしくその病院の中でした。これについてはこちらのプログ(病院で生まれ育った?)をご覧ください。

 今な亡き父の口癖は「開胸して直接心マするときは心臓を握るだけじゃダメなんだよ、握ったあと放すときの力加減が大事なんだ…」。こんな柔整は他にいないでしょうね。

 晩年の父は夕食時にほろ酔い気分になってくると、自身の執刀体験(さまざまな骨折の手術や内臓手術のリアルな話)を語ることが多く、「食事中に止めてよ」と嫌がる母親には気の毒な展開でしたが、息子にとっては解剖学的に深イイ時間でした。
 

 柔整は折れた骨を治すのが本来の仕事なんですが、今の自分は「折れた心を治す」ことを生業にしています。パソコン修理の世界に譬えると、ハード屋からソフト屋への転身とでも言いましょうか…。 

 スタート地点では「痛みの謎を解くためのチャレンジ」だったのですが、後にこれが「折れた心を治すプロセス」と重なる部分があったため、必然“脳”と対峙する結果に。
 
 認知科学という言わば「情報処理システムのアプリ開発」に傾注している現在の自分と、かつて骨折の整復や固定に執念の炎を燃やしていた若かりし頃の自分。デジタルとアナログの違いというメタファーが適切かどうかは微妙なところですが、いずれにせよ偏ってはいけないという本能が…?

 “脳”と“時間”に関わる考察を深めていくと、どうしてもシュミレーション仮説に行きついてしまう…。

 筆者が時覚(ときかく)と名づけている“時間知覚”に関わる研究を眺めていると、脳そのものがタイムマシーンとしての機能を備えている…。

 認知科学にどっぷりと浸かっていると、そんな思考に支配されていく自分が怖くなるときがあります。けれども解剖ビデオを観ることで、再びマテリアルとクオリアの世界に連れ戻してもらえる…。自身の思考バランスを是正すべく貴重な時間なのかもしれません。