資格取得後、最初に勤めた整形外科で、いきなりCRPS(RSD)の難治例や絞扼性神経障害(entrapment neuropathy)の症例に遭遇し、以来どういうわけか数多のCRPS(RSD)、末梢神経疾患と対峙してきました。何の因果か不思議と、筆者のところにそういう症例が集まってきたのです。職場を変えても、どこに行っても必ず目の前に…。

 
 必然筆者のライフワークはCRPS(RSD)と末梢神経の問題となりました。そんな私が経験してきた症例のなかでも、特に印象に残っている2例を紹介します。どちらも私が副院長を務めていた整形(柔整や鍼灸など十数人の医療スタッフが外来処置や物療を行うスタイルの医院)でのエピソードです。


 ひとつめは橈骨下端骨折の少年の例です。受傷の10日後に受診。院長から「どうしてすぐに来なかったんだ!偽関節になるぞ!」とドクハラまがいの脅しを受け、その恐怖心からギプス固定中に指を一切動かさなくなったという事件。


 実際の処置を担当した柔整師は、診察室の中でそんなやりとりがあったとは露知らず。3週間後ギプスを外して簡易シーネに変更する際に撮ったX線写真に異常なほどの骨委縮が、患肢には顕著な筋委縮を認めたため、驚いた私が母親から事情を聞いたところ、初診時のいきさつが判明。


 ところで、この症例はCRPS(RSD)の病態(交感神経の機能異常:骨や筋の委縮)を呈する一方、CRPS(RSD)のメイン症状(痛み中枢の活性化:灼熱痛に代表される耐え難い痛み)が一切ありませんでした。骨折の整復時も痛みはほとんど訴えなかったそうです(先天性無痛無汗症というわけではなく、生まれつき痛みの感受性が極めて低いのではと思われるケースが稀にあります)。


 私はこの症例から、CRPS(RSD)とは「痛み中枢の活性化」という病態と「交感神経の機能異常」というまったく次元の異なる二つの病態が、同一個体の中で偶発的に同時発生あるいは時間差をおいて発症したものではないかという仮説を立てました。


 この少年の場合、後者の病態だけが現れた極端な例であると考えたのです。恐怖や不安といった感情が大脳辺縁系で強く醸成され、それが視床下部を通して自律神経を混乱に陥れ、交感神経が機能撹乱を起こし、そこに患肢の不動が招来する局所的な循環不全が加わってdystrophyが出現したというのが私の推考です。


 
 ふたつめは男性会社員に現れた典型的な後骨間神経麻痺。橈骨神経深枝の支配域と完全に一致しているまさしく教科書通りの所見。すぐに近くの日赤病院に送り、手術となりました。


 ところが、術中の所見に神経の変性はまったく見られず、当然ながら術後も麻痺は回復しませんでした。この男性は職場が変わったあとに強大なストレスにさらされ、そのなかで上肢に激痛が発生し、やがて脱力を感じるようになったのです。

 
 この症例はストレスから「痛み中枢の活性化」を引きおこし、その後「交感神経の機能異常」を併発。神経管内の浮腫によって伝導障害をおこしたが、神経の変性には至らず、見かけ上の所見として筋委縮と強い脱力を呈した症例だと推測されます。つまり痛み中枢タイプのCRPS(RSD)が引きおこした”偽麻痺”症例だったというのが私の考えです。


 人間は極度のストレスを受けると、痛み中枢の活性化を引きおこすタイプと交感神経の機能異常を引きおこすタイプに分かれ、場合によってはその両方を同時に引きおこすケースもあるということです。


 
 私はAKAの創始者である博田節夫先生に心酔、私淑し、17年の歳月をAKAとともに過ごしてきました。当初から師の理論と身体使いの両方に”美しさと心地良さ”を感じ、「師が見ている世界を自分も見てみたい」という思いを強く抱いていました。


 しかし私の中で、どうしても払拭し得ない疑問が…。


 「OAの膝の痛みがプラセボ手術で消えるのはなぜか?」


 「OAの患者の多くに、感情表出の強い偏向性を認めるのはなぜか?怒りや憎しみといった負の感情と記憶を封印している患者では、痛みのコントロールが極めてむつかしいのはなぜか?」

 「もはや痛みの原因として成立し得ない椎間板ヘルニアにあって、今も手術で良くなる人がいるのはなぜか?」


 「脊柱管狭窄症においては馬尾型(直腸膀胱障害がメイン)は手術で回復するのに、神経根型(痛みやしびれが主訴)の手術成績が良くないのはなぜか?」


 「患者が極めて情緒不安定-術者がそれに気づくことは稀-に陥っている最中に施術を行うと、その治療内容の如何によらず、副作用のごとき不可解な現象をおこすのはなぜか?」


 「触るだけで激痛を訴える症例に、偽治療(sham treatment)-治療するふりをして実際には一切触れない-をしたところ、痛みが増悪して動けなくなってしまった患者の中では何がおきているのか?」


 「同じsham treatmentを行ったところ、その場で理学所見が回復し、痛みが消えたと喜んだ患者の中では何がおきているのか?」


 そして極めつけは、
 「世界中に数え切れないほどの治療概念と治療技術があって、そのそれぞれに良くなる人々が存在するのはなぜか?」


 これらの疑問すべてに答え得るキーワードがあるとしたら、それは”脳”しかない、というのが私の答えです


 痛みの問題は最終的に脳科学すなわちソフトの領域であり、その研究が難境であるが故、現状はハードの領域で多種多様の治療が試みられているに過ぎません。痛みという感覚が脳で作られる以上、脳を無視して語る論理にどんな整合性があると言えましょうか。


 ただし、ハードの論理は現代の市場経済と極めて相性がいいのも確かです。ハード原因説は、バイオの世界で莫大な市場を生み出します。軟骨再生、関節の全置換術(数多の医療系素材が使われる)、コンドロイチン.コラーゲン.フコイダンなどのサプリメント業界などなど。近未来においてiPS細胞の実用化が進み、そこに痛みをリンクさせれば、さらに巨大な市場が作られることでしょう。


 なぜハード論は市場原理に有効に働きかけるのか?その答えは明解です。そこに”分かりやすい安心感がある“からです。人間は視覚優位の生き物です。目に見える世界-人はそれを科学と呼ぶ-こそが、最たる安住の地なのです。それが人間というものです。


 したがって、fMRIや脳波測定、あるいはBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)等によって、“痛みの実測(映像化)”がなされない限り、人間がソフトの領域に安心感を持つことはないでしょう。


 今、私が主張しているようなストーリー(痛み記憶の再生理論 )は、痛み記憶を形成するニューロン集団(セル・アセンブリ)の活動レベルが、時間分解能と空間分解能の両者において高次元解析される未来において正否が判定され得るものであり、現時点ではあくまでも可能性の一つでしかありません。

 とは言え、私個人はその確度は高いと考えています。細部にわたる確証がなくとも、それを見極めんとする方向性の正しさには“確信”を持っています。

 
 痛みに苦しむ患者さんを目の前にして、我々コメディカルが実際にできることは限られています。しかし、我々だからこそ“できる”こともあるはずです。いっしょに“考えて”いただける方のご参加を心よりお待ちしております。


2012年5月吉日 大宮研修会にて(講義の一部を再現)

➡痛み記憶の再生理論

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