当記事は新型コロナの影響により開催中止となった2020年4月(旧BFI研修会)の講演テキストの一部をリライトしたものです。

ソフト論とハード論の違い

 ヒトのシステム中枢はその大半が脳にあるため、当会が使用するソフト論という用語は事実上“脳の働き”を指します。他方、ハード論は臓器医学に象徴されるように“各臓器の働きだけ”を追究する理論体系です。 

 心身医学におけるチキンオアザエッグの問題として、故障するのはシステム(ソフト)が先か?それとも部品(ハード)が先か?という視点があります。当会はその両方があり得ると考えています。

 脳腸相関がまさしくその典型であり、「病は気から」の分子機構(ストレスゲートウェイ反射)が解明される一方で、腸内細菌の問題が脳に影響を及ぼすことや「腸→肝臓→脳→腸相関による迷走神経反射」などが報告されています。

 このように「脳→腸」「腸→脳」といった双方向性の病態論が、既に分子メカニズムの世界で証明されています。

 たとえば同じ消化器の研究でも、脳腸相関の視点を包含するものはハード論とは言いません。当会が言うところのハード論は、主に脳を無視する臨床スタンスを含意します。すなわち「肉体を見て、人(心)を見ない医療」です。

認知科学による“痛みのパラダイムシフト”

 認知症の問題や働き盛りのメンタルヘルス、アスリートのメントレ、マインドフルネス、発達個性の一部が抱える引きこもりのリスク…等々、こうした次元が認知されつつある日本では、医療者のみならず一般においても“脳”への関心が高まっています。

 amazonの検索で「脳」と入力すれば、膨大な数の本がヒットします。脳トレや脳活といった言葉も当たり前のように使われています。

 痛みのソフト論も臨床現場に少しずつ浸透しつつあるようです。それを物語る実例として、ギックリ腰で救急搬送された患者が「脳がいっぱいいっぱいになっちゃたね」と医師から説明されたというエピソード(筆者が聞いた患者の体験談)が…。

 これまで認知科学が明かしてきた知見の数々は、「痛みは “感覚に近い知覚” というよりむしろ “認知に近い知覚” である」ことを明示しています。

 心身統合療法の現場では「トップダウン回路による痛みの変化」は日常茶飯事であり、これを補完する検証の数々、すなわち認知科学によるパラダイムシフトが静かに潜行しています。将来的に成書の書き換えは必定…。

国際的な脳アクセス(ソフト論)研究の舞台

 近年、世界規模で進行中の脳研究プロジェクトの成果が次々に発表されており、人とAIの関係も含め脳関連の情報は凄まじいスピードで日々更新され続けています。

 こうしたなか痛みのソフト論を共有するコメディカルも学際的なアプローチを模索すべきと考えます。

 あらゆる垣根を越えて一致団結する必要があり、その先駆的取り組みの一環として、当会はプランB(※)における100年サステナビリティのプラットフォーム構築を目指しています。

※「プランA」と「プランB」
映画「コンタクト」や「インターテスラー」のストーリーにおいて重要なプロット。人類の命運を握るプロジェクトの水面下には、危機管理としての“保険”すなわち“プランB”が存在していた…。

脳研究における「プランA」とは、2013年に始動した米国の「ブレインイニシアチブ」、欧州の「ヒューマンブレインプロジェクト(HBP)」、そして2014年に始動した日本の「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(革新脳)」などを指す。 

こうした研究をベースにした方法論の行き着く先は、おそらく創薬や手術の類すなわち侵襲的な介入がメインとなる。ただし、チャネルロドプシンに代表されるオプトジェネティクスの運用次第では一部“非侵襲”もあり得るが。

一方で「プランB」は“非侵襲のみ”を究めていくプロジェクト。その性格上、日本における主要な担い手はコメディカルになる…。

 ヒトの “コミュニケーション” や “タッチング” には、いまだ人類が知り得ない癒しのメカニズムが潜んでいる…? これを探るべく高いポテンシャルを有する医療人として、まさしくコメディカルがうってつけ…。

 欧州において認知症の治療は薬物療法の限界を踏まえ、非侵襲的かつ全人医療的な介入にシフトしつつあります。

 オキシトシン、セロトニン、メラトニン、ドーパミン等々の “自前の薬(ホルモン)” の真価を追究することで、非侵襲的アプローチの可能性が広がっていく未来…。そのとき最前線で活躍するのはコメディカルである可能性が極めて高いと思われます。少なくとも我が国日本においては…。

“ノーマン・ドイジ”の功罪

→amazonのページ

 神経可塑性という概念について臨床的な見識を深めることになったきっかけは?と聞かれたら、おそらく多くの臨床家がノーマン・ドイジだと答えるのではないでしょうか。カナダ人の精神科医である氏の著作「脳はいかに治癒をもたらすか」に触発されて、脳の世界に興味を持ったという人は少なくないと思われます。

 同書籍を精読すると、純粋に内容を味わう視点とは別に、少し複雑な想いがよぎります。テレビ等への出演もあって米国で人気を博し、かつ作家・詩人という顔を持つ彼のプロット構成力や文藻は極めて優れており、ある種プレゼン的なアピール能力の高さを感じずにはいられません。

 とても計算されて巧妙な筆致が随所に見られ、普通にインプット(無防備な読書)をしてしまうと“ツッコミどころ”をスルーしてしまう恐れが…。

 こういった分厚いハードカバーの本を読み込むときは、私はユーティリティ(持ち運びがGood!)を重視して、たいてい小冊子に分解します。

 小冊子がボロボロになるほど読み砕いた結果、物語として素直に感動させられる内容である一方、最終的には「なぜ、ここまで“皮膚の次元”を無視する?」という違和感が残りました。

 ノーマン・ドイジ氏にしても、リコード法のデール・ブレデセン氏にしても、本当に素晴らしいロジックを提供しているのに、この二人に共通して言えるのは「徹底した触覚アプローチの排除」です。

 アメリカの精神科医や臨床心理士の根底に「患者は汚れた存在で触ってはならない」という文化があって、握手すら絶対にしないカウンセラーがいます。そうしたお国柄が影響しているのでしょうか?

 当会が推奨するBReINに代表される統合療法…。タッチケア(リングタップ)関節深部感覚刺激テクニック(アングラクション)をはじめとする様々な手技療法、さらにミラーセラピーフードリング(食事指導)から傾聴カウンセリングに至るまで、こうした複数異種の介入を組み合わせる手法は、ドイジ氏が定義する “神経可塑性療法家(ニューロプラスティシャン)” とのあいだに親和性がない?

 とは言え、ソフト論に軸足を置く日本のコメディカルにとって、両氏が発信する情報が有用であることは間違いありません。今後もアンテナを張りつつ、私たちは私たちの道を切り拓いていく必要があると思います。

 余談ながら、同書籍の中で「神経が圧迫されて痛みが…」「軟骨が擦り減って痛みが…」と、それがさも当たり前のごとき“常識”として語られるシーンがあり…、ドイジ氏の認識の浅さを垣間見る思い…。

 最後に一言。

 「もし私がハリウッドのプロデューサーだったら、フェルデンクライスは絶対に映画化してる!主役はトムハンクスかマット・ディモン、加納治五郎役は渡辺謙か千葉真一かな?」。

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