当記事はコロナ禍の影響で中止された定期研修会のプログラムですが、当会リボーン後の未来像を皆さんに想像していただくための、いわば予告編のような内容になっています。

すみません、今回のプログラムは敬体(です、ます調)ではなく、常体(だ、である調)になっています…

◇特別講演[Ⅱ]
『“ノーマン・ドイジ”の功罪-「脳はいかに治癒をもたらすか」を解剖する!-』

神経可塑性という概念について臨床的な見識を深めることになったきっかけは?と聞かれたら、おそらく多くの治療家がノーマン・ドイジだと答えるのではないだろうか。カナダ人の精神科医である氏の著作「脳はいかに治癒をもたらすか」に触発されて脳の世界に興味を持ったという人は少なくないと思われる。

テレビ等への出演もあって米国で人気を博し、かつ作家・詩人という顔を持つ彼のプロット構成力や文藻は極めて優れており、ある種プレゼン的なアピール能力の高さを感じずにはいられない。とても計算されて巧妙な筆致が随所に見られ、普通にインプット(無防備な読書)をしてしまうと“ツッコミどころ”をスルーしてしまう恐れが…。

Doiji
こういった分厚いハードカバーの本を読み込むときは、私はユーティリティを重視して小冊子に分解している(持ち運びがGood!)。重たい本はこうしてインプットしてくのがベスト。相応の条件が整わないと人体解剖は許されないわけだが、本は解剖しても罪にならない。

小冊子がボロボロになるほど読み砕いた結果、物語として素直に感動させられる内容である一方、最終的には「なぜ、ここまで“皮膚の次元”を無視する?」という違和感が残った。

ノーマン・ドイジ氏にしても、リコード法のデール・ブレデセン氏にしても、本当に素晴らしいロジックを提供しているのに、この二人に共通して言えるのは「徹底した触覚アプローチの排除」である

アメリカの精神科医や臨床心理士の根底に「患者は汚れた存在で触ってはならない」という文化があって、握手すら絶対にしないカウンセラーがいる。そうしたお国柄が影響しているのだろうか。

BReINのようにタッチケアや関節深部感覚刺激テクニックをはじめとする様々な手技療法、ミラーセラピーや食事指導、そしてカウンセリングといったボーダーレスの統合療法は、もしかするとアメリカ的な神経可塑性療法家(ニューロプラスティシャン)には受け入れられない?

とは言え、日本の脳弾塑性療法家(ブレーナ―)にとって、両氏が発信する情報が有用であることは間違いない。今後もアンテナを張りつつ、私たちは私たちの道を切り拓いていきましょうね、というお話。

上記ドイジ氏の書籍に関する“私の個人的見解(解説)”は日本脳弾塑性学会の新ウェブサイトのほう(記事になるか、講義ビデオになるかは未定)で改めてじっくりと…

ここではひとつだけ気になった点を。本の中で「神経が圧迫されて痛みが…」「軟骨が擦り減って痛みが…」と、それがさも当たり前のごとき“常識”として語られるシーンがある…、「ん?」である。

最後に一言。「もし私がハリウッドのプロデューサーだったら、フェルデンクライスは絶対に映画化してる!主役はトムハンクスかマット・ディモン、加納治五郎役は渡辺謙か千葉真一かな」

◇特別講演[Ⅲ]
『当会Rebornに関する今後の展望ー日本脳弾塑性学会の設立に向けてー』

今回はBFI研究会としての最後の研修会(になるはずだった…)。新しい治療名称BReIN(脳弾塑性誘導非侵襲選択的統合法)の概念や今後の活動方針及び将来展望について解説する。

認知症の問題や働き盛りのメンタルヘルスやウェルビーイングの重要性、発達個性の一部が抱える引きこもりのリスクなど、こうした次元が認知されつつある日本では、医療者のみならず一般においても“脳”への関心が高まっている。今後はコロナ疲れやコロナうつといった、言わば“コロナ脳疲労”が社会問題化する可能性が。

脳に関わる知見は日々アップデートされ続けており、常識が覆ることもしばしば。“痛み”の領域も例外に漏れず、ギックリ腰で救急搬送された患者に「脳がいっぱいいっぱいになっちゃたね」と説明する救命救急医の実例は、認知科学が医療の垣根を越えて周知されつつある現状を物語っている。

認知科学は『「痛みは感覚に近い知覚である」というこれまでの医学常識を覆し、「痛みは認知に近い知覚である」こと』を人類に突きつけてしまった

このような言い方をすると、「はあ?何を言っているのかさっぱり分からん」と感じる人もいるかもしれないが、当ページ読了後にはおおよその意図を汲み取っていただけると思う。

認知科学による痛みのパラダイムシフトは医学の根幹を揺るがしており、教科書と臨床の食い違いはもはや許容できぬ震度に達している。決壊寸前の堤防のごときありさまである。

あらゆる医療の中でもその影響を最も受けている-最強クラスの激震に見舞われている-領域が運動器の外来であるが、一部の、否ほんの一握りの現場では既に認知科学との融合が為されている。その分かりやすい例が「ミラーセラピーによる拘縮や麻痺、痛みの改善」であろう。その技術系アップデートについては当プログラムの後半で紹介している。

認知科学は人と機械を含めあらゆる情報処理を追究する学際的な研究分野。心理学、脳科学、人類学、人工知能等々、様々な学問が融合することで得られる知見は全人医療的な臨床家を力強くサポートしている。

さらに世界規模で進行中の脳研究プロジェクトの成果が次々に発表されており、人とAIの関係も含め脳関連の情報は凄まじいスピードで日々更新され続けている。

こうしたなか痛みのソフト論を共有するコメディカルも学際的なアプローチを模索すべきであり、あらゆる垣根を越えて一致団結する必要がある。日本脳弾塑性学会がプランB(※)の100年サステナビリティのプラットフォームを構築する。

※プランAとプランB…

「プランA」とは2013年に始動した米国の「ブレインイニシアチブ」、欧州の「ヒューマンブレインプロジェクト(HBP)」、そして2014年に始動した日本の「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(革新脳)」など。

こうした医師や科学者らによる方法論の行き着く先は創薬や手術の類すなわち侵襲的な手段がメインとなる。ただし、チャネルロドプシンに代表されるオプトジェネティクスの運用次第では一部“非侵襲”もあり得る。

一方で「プランB」は“非侵襲のみ”を究めていくプロジェクト。その性格上、これを担っていくのはコメディカルであろう。


ヒトの“言葉”や“手”に宿る力にはいまだ人類が知り得ない“メカニズム”が潜んでおり、これを探るべく臨床の知を究めるに相応しいポジションにコメディカルが座している

実はほんの数日前その核心に辿り着いた。とめどない思考回路の暴走のおかげで当プログラムUPの遅延を招いてしまったが、その代償として余りある成果であることを保証する。

これまでのオキシトシンやドーパミンなどといった概念とは次元を異にする革新的な理論であり、日々の臨床と思考実験を通して“脳”と“時間”という2つのキーワードを軸に見出されたテーゼである。理論の名称はまだ確定していないので、当記事ではとりあえず脳時間的統合仮説(仮名)と呼ぶことにする。

当記事は「幻の開催に終わった研修会プログラム」という本来の体を離れ、本論を理解していただくための前説バージョンとなっている。とくに感覚と知覚の違い、感覚と無意識との関係性は必要不可欠な予備知識である。一部、著者のプライベートが語られる場面があるが余興だと思ってご容赦いただきたい。

最終的に脳時間的統合仮説(仮名)の全貌については日本脳弾塑性学会のnewサイトの中で発表する。

それでは脳と無意識の不可思議かつ深奥なる世界へ、ようこそ!

◇特別講演[Ⅳ]
『痛みの機能的結合性(functional connectivity for softpain)仮説-ある特定の感覚回路と痛み回路のリンクに起因するソフトペインーおよび多互感(multiple integlated sense)という新たな概念について-』

新型コロナウイルスに関しては未知の部分が多いわけだが、重症化のプロセスに血管の炎症を加速させるサイトカインストームの関与が報告されている。これにより呼吸器(肺)だけの問題ではなく、心臓、肝臓、腎臓などを含めた全身性の疾患像として捉える必要性が見えてきた。

こうしたなか2020年4月現在カリフォルニア大学の臨床データで興味深いことが判明している。

味覚や嗅覚の消失が見られた症例が陽性である確率は見られない症例の10倍高いことが分かった。もし味覚や嗅覚の消失があったら感染している可能性がかなり高いということ(今という状況のなかでは)。

さらに、こうした感覚消失が現れた人は、そうでない人(発熱や身体のだるさが主症状)に比べて予後良好で回復が早い傾向にあることが分かった。

もしあなたが味覚や嗅覚の消失に見舞われたら、「あら!感染しちゃったかも!でも私は助かる確率が高いってことか!ラッキー!」と、光の解釈を実践してほしい(光の解釈については後ほど…)。で、我々医療者としては当然ながら「どうしてそんなことが?」と、その理由がめっちゃ気になる…。

おそらく将来的には分子機構的なメカニズムとして説明されるだろうが、そうした顕微鏡的視点はマイクロマクロパラドックス(昨年の初級セミナーで説明済み。ミクロの視点とマクロの視点のあいだに矛盾が生じること。著者による造語)を生み出さなないとも限らない。

顕微鏡だけを覗いていると交絡因子やチキンオアザエッグを見逃すことがある。治療家に顕微鏡という武器はないが、“臨床思考力”という武器がある。「ヒトに寄り添い、触れて、見て、考える力」はプランAに決して負けない。

仮に感覚消失と免疫機能の関係性がミクロの視点で解明されたとしても、マクロの視点との整合性を兼ね備えているかどうかについて吟味する必要があろう。

ちなみに、この場合のチキンオアザエッグは複数想定されるが、分かりやすい一例として「感覚の消失現象は免疫機能が高まった“結果”なのか、それとも“原因”なのか」という視点…。

症状経過の時間軸から推考すると、後者の可能性が高いと思われる。発症初期での感覚消失は報道のとおりであるが、回復後期に見られたという事例はこれまでのところ見聞していないからである。(追記)…その後のコロナ後遺症においては嗅覚味覚障害が残存するケースが報告されている。この事実に関する解釈は後日あらためて。

ここではとりあえず後者(感覚の消失が生体の回復に有利に働いた)を採用した上で、考察を進めてみたい

感覚の消失が生体にポジティブな影響を及ぼした理由を考えたとき、「脳は情報処理の空白に敏感に反応する」という私見が浮上する。これが脳の可塑性を促すという自説が正しいとすれば、新型コロナに感染した生体において、脳局所の機能停止が免疫機能の強化をもたらした可能性がある(その中間プロセスは不明だがグリンパティック系の関与を想像させる)。

ここで重要なポイントは仮に嗅覚と味覚に関わる感覚回路が停止状態になったなら、脳は相当な省エネモードになれるかもしれないという視点。嗅覚と味覚の休息はそれ以外の様々な領域を巻き込んで、より広範囲にまたがる省エネ効果を創出する可能性があるのだ。

はじめにその理由を明かした上で、本テーマの核心に迫っていきたい。

皆さんはスマウンド(smound)という概念はご存じだろうか?これはsmellとsoundが合体した用語で、匂いと音が脳内の情報処理で密接に影響し合っている現象。

例えば、ほとんどの人類は高い音に対して甘い味、低い音に対しては酸っぱい味を関連付ける傾向がある。マウスの嗅覚系ニューロンが匂いだけでなく音にも反応してスパイクを発射していることも分かっている。

認知症のみならずうつ病においても嗅覚の低下が見られ、さらに鼻腔ポリープを切除すると軽度のうつ病を発症することが知られている。こうした認知症やうつ病と嗅覚の関係性におけるチキンオアザエッグは不明だが。

嗅覚に関しては記憶との関連でも多くの報告がなされているが、なかでも興味深いのは一流のソムリエであっても赤く染めた白ワインのテイストは困難という事実だ。見た目の色に嗅覚が狂わされてしまうのだ。

こうした昨今の感覚処理にまつわる認知科学は興味が尽きない。

例えば共感覚については「文字を見て色を感じる」といった書記素色覚が有名だが、これ以外にもスペアミントティーの味にガラスの手触りを感じたり、嬰へ(F♯)の音に鮮やかな緑色を感じたりするなど、様々な事例が報告されている。

研究者いわく「共感覚はもともと備わっている異種の感覚統合が一面的に強く現れたものであり、そもそもヒトの感覚はそれぞれ個別に働いているわけではない。視覚と嗅覚、味覚と聴覚など一見無関係のように思える感覚も脳内の領域をまたいで共同作業を行っている」のだそうだ。

健常者であっても、共感覚というシステムを潜在的に持っている可能性があり、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の心理学者Ladan Shamsも「脳は個別の専門領域の集まりで、相互作用をしないという考えはもはや採用できない」と語っている。

共感覚に関連するシステムの亜型として、例えばマガーク効果(視覚情報と聴覚情報のずれに対して脳が視覚を優先させる現象)や触視覚統合ミラーセラピー(鏡像認知における視覚情報と触覚情報の微差が脳可塑性を誘発する現象)、小脳が予測した触覚処理とのあいだに時間的なずれが生じることで感じる“くすぐったさ”などがあり、これらは数ある異種感覚統合のほんの一部に過ぎない。

視覚は視るだけでなく、聴覚はただ聞くだけではない。人間の感覚は様々な手法を用いて相互に補い合っている(航空機パイロットに見られる空間識失調がその証左)

これが冒頭で示した「味覚や嗅覚の消失は広い領域の省エネ云々」と述べた理由である。味覚や嗅覚に関わる感覚系回路が不活化することによって他の感覚処理系にも影響を与えつつ、より広範な省エネ領域を生み出す可能性があるのだ。

だからと言って新型コロナ感染者に視覚や聴覚まで消える危険があるかと言えば、そういうことではないだろう(実際そういう話は聞いたことがない)。

後述するように感覚系回路の中には無意識レベルでの処理経路(まだ見つかっていない未知の経路が潜在していると言われている)が相当数含まれており、それらの一部が休止状態になったとしても意識に上らない-知覚に影響を及ぼさない-可能性は十二分にある。

とくに嗅覚回路の特異性(視覚や聴覚などの感覚情報は皮質を経由して扁桃体と海馬に送られるが、嗅覚だけは嗅球からの信号がダイレクトに扁桃体に送信される)を考えたとき、そして認知症やうつ病とのチキンオアザエッグを考えたとき、嗅覚回路の不活化はサブコーティカル代謝(皮質下エネルギー)の大幅な削減効果につながるのではないかという視点が浮上する。

嗅覚回路を犠牲にすることによって何かもっと重要なことにエネルギーを注いでいるという見方である。これが正しいとすれば、新型コロナ感染者の回復が早まる理由について一定の解釈になり得る。

今から10年ほど前、医学史上初めて「ギックリ腰は脳の自衛措置である」ことをネット上に発表したが(当該記事は現在リニューアル中で閲覧不可)、もしかするとギックリ腰同様に嗅覚低下もまた認知症やうつ病の重症化にブレーキをかけようとする自衛措置かもしれない

認知症の嗅覚低下は総じて糞便や汚物などの臭いが分からなくなる現象が先行する。まず嫌な臭いから感覚処理を停止させていく方策は自衛措置の観点からも理にかなっている。

このとき方法論との整合性で気をつけたいのは「それが自衛措置と言うなら嗅覚刺激はNGということか?」という浅慮だ。認知科学においては原因論と方法論の関係性が1対1で分かりやすく成立する場面は少ない。1+1が2にならないのが複雑系であり、常に“個体差”と“親和性”という両視点を併せ持って脳を見ていく必要がある

ソフトペインには認知症やうつ病の重症化を防ぐ役割がある」と訴えて久しいが、こうして眺めてみると、ヒトの脳は様々な形で自らを守るシステムを持っているようだ。

例えば脳内GPS(海馬の場所細胞と嗅内皮質のグリッド細胞)の研究によれば、完璧な幾何学的発火パターン(結晶のような正六角形)を持つグリッド細胞はヒトの記憶形成と空間認知の関わりにおいて極めて重要な任を負っていることが推断される。

著者は認知症に見られる徘徊はグリッド細胞の発火を促そうとする脳の自衛措置だと考えている。脳にはいまだ知り得ない多種多様な防衛システムが備わっている…、そんな気がしてならない。脳は本当に奥深い。まさしく小宇宙…。

さて、ここからはいよいよ痛みの機能的結合性仮説に迫ってくことにするが、前述した「異種の感覚同士をつなぐ仕組み」として何らかの知見はあるだろうか?答えはYESである。

例えば、ヒトが相手の情動を読み取る際は視覚皮質と聴覚皮質からの情報を“前頭前皮質内側”および“側頭葉の上側頭溝”が中継して認識する。

この領域は感情を伝える手段が「顔・声・しぐさ」のいずれであっても必ず活動する。しかもその一部がデフォルトモードネットワークと重なっているところがミソ。当会が掲げる境界意識仮説を補強、補完する知見だと言える。つまり異種感覚の統合にもDMNが関与している可能性があり、これについては今回披瀝する自説の一角を担っている。


その自説の核心にそろそろ迫りたいところだが、無意識下の感覚処理についてもう少し詳しく見ておく必要がある。その格好の題材が盲視(ブラインドサイト)磁気覚である。

盲視は視覚皮質の損傷によって視力が奪われた患者に見られる不思議な現象。診察室から立ち去る時、見えていないはずの椅子を無意識によけたり、対面する相手の喜怒哀楽の表情を“見分けている”ことなどが知られている。

眼球そのもの(網膜)に異常はないわけで、映像情報は脳の無意識に入力されており、その処理プロセスにおいて皮質下レベルの反応が誘発されると考えられる。

「眼球は正常でも脳内の情報処理に…」という展開においては脳卒中患者に見られる半側空間無視と少し似ている。これは右脳が左右の両視野を担うのに対し、左脳は右視野だけを担当するため、左脳がやられても右視野は残る(右脳によってカバーされる)が、右脳がやられてしまうと左視野が完全に欠損する。そのためほとんどの半側空間無視は“半側空間無視”という形をとる。

ちなみに右脳と左脳の本質的な違いは、左脳は日常的な出来事および空間細部に集中し、右脳は非日常的(不測)な事態および空間全体に対応する(そのため左右の両視野を処理している)。小型草食動物で言えば、左脳は日常ルーティンの捕食として小さな虫を追いかけ、右脳は急に上空から接近してきた鷹に反応する。こうして左右が分担して情報処理にあたることでリスク回避を行っている。

次に磁気覚について。磁場に反応する能力がバクテリア、原生生物やさまざまな動物を含む200種以上の生物にある。その代表例ともいえるミツバチや渡り鳥の方位識別の力がヒトにもあるかどうかについて長年議論されてきたが、一昨年ついに東大やカルフォルニア大学の共同研究チームらがその存在を証明した。その詳細についてはこちらのページを参照していただきたい。

ただし磁気覚があるからといって、絶対的な方位が分かるということではない。昨年の初級セミナーでウェーバーフェヒナーの法則について詳解したとおり、ヒトの感覚は絶対値を入力するわけではく、相対的な変化すなわち比率に反応するという原則を忘れてはならない。10グラムと100グラムの重さの違いが分かるのは、数値を識別しているのではなく、変化した割合を感じているに過ぎない。

こうした感覚処理に関わる研究成果を受けて、ヒトが入力する感覚のうち意識に上ることなく、すなわち無意識下で処理される感覚を第六感と呼ぶ向きもある。そのため先に紹介した盲視も磁気覚も、これこそが第六感だとして紹介されることが多い。

このように無意識下の感覚はあくまでも“感覚”であって“知覚”ではない…。もし磁気覚が意識に上って「北の方角はあっちだ」と明確に分かったなら、それは“知覚”である。そして北は寒い場所だとイメージしたならば、それが“認知”である

感覚と知覚と認知の違いをきちんと理解して臨床に臨んでいる医療者はどのくらいいるだろうか。これをおろそかにすると、HSP系(感受性亢進の人々)の臨床に戸惑いが生じるので、きちんと整理しておいたほうがいい。

ところで人類が無意識下に入力する感覚-第六感の候補-は他にもあり得るだろうか?

簡単に思いつくものだけでも、気圧、電流、電圧、放射線、可聴域外の音(空気振動)、可視光線以外の光などが挙げられる。

気圧については当会の一般講演会で解説したが、人類は深海生物ならぬ深空生物である。地球表面を覆っている空気の体積(重さ)が気圧である。その目に見えない重さ(圧)が酸素濃度を維持している。標高が高くなるにつれて気圧低下とともに酸素密度も激減する。エベレスト登頂に成功した登山家はすぐさま下山しないと命が危ない。

こうした気圧の変化を感知する生体デバイスは内耳だけでなく、準密閉構造をなして内圧制御の仕組みを持つ全ての器官であり、中でも特に関節内圧と皮下組織圧の働きは重要。

可聴域外の高周波に対しては、皮膚を通して脳が反応していることも一般講演会で詳述したとおり。

電流値(アンペア)は移動する電子の総量であり、電圧値(ボルト)は電子の移動速度である(分かりやすいイメージとしての表現)。人間が感電したとき生死を分けるのは一般に電流のほう。電圧だけが高くて電流が低い場合は衝撃を感じるだけで済む。時に気絶する可能性もあるが(これを利用したのが10万~100万Vのスタンガン)。

しかし、スタンガンとは反対に電圧が低くとも電流が大きい場合は非常に危険。ヒトに流れる電流が1~5mAならビリビリ感じる程度だが、10mAで我慢できない痛みとなり、20mAで呼吸困難、50mAでは命の危険にさらされ、100mAだと絶望的と言われている。

通常1mAくらいからヒトは通電を感じるわけだが、それ以下の小さな電流も無意識下で処理されている可能性がある。“そんなものはない”と決めつけるべからず。磁気覚の証明が物語っているように、電流以外の様々な物理的エネルギーも同様…。

こうした次元における超個体差というものを本当に真剣に考えるべきときが来ている。

保険病名が認められた化学物質過敏症とは違い、電磁波過敏症は医学的に認められていない。そのせいか国産自動車メーカーは室内空間における電磁波対策を欧州車ほど講じていないと聞く。5Gに対してもベルギーやイタリアではその健康被害を認め規制する動きが出ている。欧州では電磁波の観点から子供に携帯を持たせない法規制が広がっている。

電磁波をはじめ、このような無意識下での感覚情報処理は認知科学の発展によって今後ますます知見が増えていくだろう。このとき我々が留意すべきメカニズムこそが「異種感覚統合」である。多感覚統合と呼ばれることもある。

感覚同士の結びつきについては先ほど紹介したとおりだが、ここで私が言いたいのは、神経回路の結びつきは果たして感覚系回路だけの問題か?という視点である。

デフォルトモードネットワーク(DMN)では前頭葉内側と後部帯状回が結びついている(同期して働いている)が、こうした広域にまたがる同期現象は当然ながら特定の感覚系回路だけを指すものではない。

認知科学において脳内の離れた領域が互いに協調して働く状態は機能的結合性(functional connectivity)と呼ばれる。

心理学で有名な「感覚転移」という現象には大きく分けて2種類がある。感覚が認知を変えてしまうケース感覚が知覚に影響を及ぼすケースである。前者の例としては、中身が同じ茶葉でも、薄い袋に入った軽い商品より木箱に入った重たい商品のほうが美味しく感じるといった場合で、後者の例としては、ラバーハンドイリュージョンや皮膚うさぎ錯覚などが挙げられる。

どちらのケースも機能的結合性の次元をよく表しており、先述した「痛みは認知に近い知覚である」と述懐した所以でもある

「音楽を聴いても全く感動しない」という人の脳では、聴覚皮質と中脳辺縁系の報酬系の伝達が少ない、すなわちこの両者の機能的結合性が弱いことが分かっている。先に触れた航空機パイロットにおこる空間識失調(悪天候や雲の中で視覚情報が途絶えた際に引き起こされる平衡感覚の消失。墜落等の原因となる)は、視覚と平衡感覚の機能的結合性の破断として捉えることができる。

これらとは反対に共感覚では感覚同士の機能的結合性が強まっているわけで、もしかするとソフトペインの中には無意識下で処理される感覚系回路と痛み回路との機能的結合性が生まれているケースがあり、かつそれが強まっている場合があるのではないか。

だとすれば、わずか0.1mAを入力した感覚回路と痛み回路が結合した場合、これが電磁波過敏症に見られる頭痛の正体と言えるのではないか。同様に気圧の変化、光刺激などによって痛みが出るメカニズムも説明できるのではないか。

音楽てんかん(特定の周波数の音に対しててんかん発作をおこす疾患)も同じ仕組みとして説明できるのではないか。

難治性疼痛に苦しむ患者さんたちの中に、「無意識下で処理される感覚回路と結びついた(同期した)痛み回路」を抱えている人たちがいるのではないか。これが『痛みの機能的結合性仮説』である

こうした機能的結合性を強めたり、あるいは弱めたりする役割を結果的に果たしているものがDMNに代表される安静時広域ネットワークではないかと、著者は考えている。

痛み回路と何らかの感覚回路を共振させてしまう(引き込み/エントレインメント)機能的結合性のメカニズムについては先述したような中継基地(接続ポイント)ーDMNーがあって、さらに…。ここから先は日本脳弾塑性学会のサイトのほうで。

ずっと前から、実は五感という響きには複雑な思いがある。これはアリストテレスに起源を発する言葉らしいが、人間の感覚がまるで五感しかないような先入観をもたらしている側面がある。五感以外の感覚、例えば第六感という言葉の響きに対して疑似科学の一種と見なすかのような偏見にも辟易とする(すぐに超能力だとか霊感だとかを連想したり、果てはタッチレスという響きにも宗教だとか中傷してくる輩がいる…)。

ま、なんにせよ五感はヒトの脳が入力する感覚情報の総体を捉えた概念としては使い勝手がいい言葉だ。その一方で、解剖学的にデバイス(感覚受容器)が発見されているものとデバイスが特定されていないものに分けられるという視点、あるいは意識に昇る感覚と無意識下で処理される感覚があるという視点をマスキングすることに…。

組織学的にデバイスの見つかっている感覚だけが教科書に記述され、それのみが“科学”だという人々の思い込みを解くために、今後は五感ではなく“多互感(たごかん)”あるいは“互感”という用語にとって替えることを提起したい。


毎度造語ばかりで恐縮だが、認知科学の発展は今後ますます五感という響きに対する違和感を強くさせていくだろう。ここまで読んだ読者ならお分かりいただけると思う。

◇特別講演[Ⅴ]
『“神経可塑性”から“脳弾塑性”へシフトすべき理由-無意識と脳レジリエンスの関係-』

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